まずは次のような関数を考えてみましょう. F(z)=z(|z|<1) 定義域に注意して下さい.この関数は |z|<1 でしか定義されていません.この関数を実数全体に拡張したい場合どうすればよいでしょうか? この場合は単に定義域を |z|<1 から z∈R に書き換えればいいだけで,何も難しいことはないように感じるかもしれません.そうして実数全体に拡張された ˜F(z) は ˜F(z)=z(z∈R) と書くことができます.この ˜F(z) が,一部でしか定義されていなかった F(z) という関数の「本体」ということになります.
以上の話は,単に定義域を書き換えるというだけの話であり,関数の拡張に関する議論の重要性をあまり感じるものにはなっていません.
では次の関数ではどうでしょうか? G(z)=z(1−z)(1+z+z2+z3+⋯) この関数は式中に現れる等比級数の収束を保証するために |z|<1 でしか定義されていないものです.それ以外の範囲では 1+z+z2+z3+⋯ が発散してしまい,意味をなさなくなってしまいます.しかし |z|<1 の範囲で G(z) は次のように等比級数計算されます: G(z)=z(1−z)(1+z+z2+⋯)=z(1−z)11−z=z つまり, |z|<1 の範囲において G(z) と F(z)=z(|z|<1) は全く同じ関数を表すことになります.それならば G(z) も F(z) と同じように ˜G(z)=z(z∈R) というように実数全体に拡張できるはずです.
この ˜G(z) が一部でしか定義されていなかった G(z) という関数の「本体」ということになります.ただしここで重要なことは, G(z) は最初の表示式のまま,実数全体に拡張することはできないということです.例えば拡張された ˜G(z) において ˜G(2)=2 ですが,もともとの G(z) の表示式に従えば, G(2)=2×(−1)×(1+2+22+23+⋯)=2 をあらわすことになってしまいます.これはわけのわからない式です.つまり z(1−z)(1+z+z2+⋯) という表示式は「本体の関数」を明示するのに十分な力を持っていないということになります.言い換えれば,本体の一部の情報しか持っていない表示式です.それでも形式的には, 2×(−1)×(1+2+22+23+⋯)=21+2+4+8+16+⋯=−1 を導くことはできます.
これと同様の話は他の関数,例えばゼータ関数にも当てはまります.ゼータ関数 ζ(s) は ζ(s)=∞∑n=11ns という級数による表示式をもつ関数です.しかしこの表示式はゼータ関数本体の一部の情報しか持っていません.この式の右辺は Re(s)>1 でしか収束しないため,それ以外の場所では意味をなさなくなってしまいます.
しかし,さきほどの G(z)=z(1−z)(1+z+z2+⋯) という数式が,別の表示式 F(z)=z を得たことによって実数全体に拡張することができたように,ゼータ関数もこれとは別の表示式によって,定義できる部分をもっと拡張できるかもしれません.
一例を挙げれば,ゼータ関数には ζ(s)=1s−1∞∑n=1(n(n+1)s−n−sns) という表示式も存在します.これは Re(s)>0 の範囲で意味のある数式を与えており,さらに Re(s)>1 の範囲ではもともとの ζ(s) とも一致しています.したがってこの表示式により,ゼータ関数は実部正の領域に拡張することはできたわけです.
さらにゼータ関数は,負の部分にも拡張することができます.その一つのやり方としては ζ(s)=2sπs−1(sinπs2)Γ(1−s)ζ(1−s) という関数等式によるものです.この等式によって,すでに拡張されている部分を用いて,実部負の領域にまでゼータ関数を拡張することができます.
結果的にゼータ関数は,上に書いたような様々な表示式を使って複素平面全体に(リーマン球面への関数として)正則に拡張されます.正則とは複素微分可能の意味です.そして負の値にも拡張されたということは,当然ゼータ関数に負の値を代入することによって意味のある値を得ることができます.その一つが ζ(−1)=−112 になります.そもそもゼータ関数の最初の表示式は,負の値では意味をなさなかったわけですが,無理やり負の値を代入してしまえば形式的に −112=ζ(−1)=∞∑n=11n−1=1+2+3+4+⋯ という式を得ることができます.
【複素関数論からの補足】
最初に与えた関数 F(z)=z(|z|<1) に関して,これを実数全体に拡張すれば ˜F(z)=z(z∈R) になると断言してしまっていますが,これは実は厳密に言うと誤りです. ˜F(z)=z という拡張はたしかに人間にとっては自然な拡張に見えますが,数学的に意味のある拡張方法が他にあるかもしれません.その可能性は排除できていないのです.
実際に, F(z) を微分可能に拡張する方法はいくらでも存在します.そのために F(z) を実数へ拡張しても,どの拡張が真に本体の関数を与えてくれるのかはわからないのです.
しかし,複素関数になると話は異なります.一部でしか定義されていない複素関数は,正則な拡張が「たった一つしか存在しない」ことが証明されているのです.それは一致の定理と呼ばれています.
【一致の定理】連結領域 D⊂C で正則な2つの複素関数 F(z),˜F(z) に対し, F(z)=˜F(z) となるような点 z の集合が集積点を持てば,領域 D 全体で F(z)=˜F(z) である.
この定理によって,ゼータ関数はどんな式で表そうとも,(正則であれば)その表示式が指し示す「本体の関数」はすべて同じものになることが結論付けられます.このように「ただ一つしかない本体」に向かって定義領域を拡張していく方法のことを「解析接続」と呼ぶのです.
"解析"接続という名称は複素関数における正則性と解析性が同値であることから来ています.
複素関数で成り立つなら実関数でも成り立つのでは?
返信削除最後の一致の定理に関してですかね。
削除実関数でも解析可能(解析関数)であれば一致の定理は成り立ちます。
言葉遊びの様ですが、実関数は正則関数ではありません。実は、
複素関数に対しては、「正則関数(微分可能な関数)⇔解析関数」ですが、
実変数関数に対しては、「微分可能な関数⇒解析関数」が成り立っていないのです。
というのも、例えば
f(x) = exp(-1/x) (x>0), 0 (x<=0)
はR上で無限回微分可能ですが,0の近傍でTaylor展開できないですよね。
ということは、f(x)は解析関数ではありませんから、一致の定理は成り立ちません。
通りすがりの物です。
返信削除実関数で微分可能と言えば、微分係数が存在するだけで成り立ちますが、
複素関数で微分可能と言えば、微分係数が存在してかつ、コーシーリーマンの方程式を満たさなければ
なりません。そのため、複素関数で1回微分可能であれば、無限回微分可能になってしまいます。
実関数では、このようなことは起こり得ません。(例:絶対値関数)
このため、複素関数では解析接続ができてしまうのです。
無限回微分可能なら、テーラー展開が一意に定まります。
という話ですよね?