スキームの空間としての理解
アフィンスキームと呼ばれるものは代数多様体の一般化としてよく説明されます.
空間上の関数について論じるときは,空間が先に研究対象として存在し,それから空間の上の関数環などを考えることによって解析を進めていくのが普通です.
例えば空間 R が与えられると, R 上の連続関数全体の環 C0(R) や, R の開集合 U 上の関数環 C0(U) ,あるいは点 x∈R の近傍の連続関数の芽全体の環
しかしスキームの考え方は逆です.空間よりも先に関数環があるのです.つまり何かしらの環 R が与えられて,その環を関数環として持つような空間を構成するということをします.いま A を可換環とし,それが単に環として
注意点として,環 A は一般的に抽象的な環であり,その要素は必ずしも関数としては扱えません.A の要素 f に値を代入することや, f を制限するといったことは一般に出来ません.これは代入や制限などの概念が一般の環に対して定義されていないからです.
環 A を関数環として持つ空間のことを,環 A の台空間と名付けておきましょう.ただし現段階において,「関数環として持つ」などの言葉の定義はしていないので,台空間という言葉は厳密に定義されておらず,標語的に用いることとします.
さて,任意の環 R に対して,「 R を関数環として持つ空間」とは何かを考えてみます.まずはその答えだけを書きます. R を関数環とみなすような空間は次のように与えられます:
空間とは言いましたが,現段階で Spec R は単なる集合であり,空間としての構造は導入されていません.まずは適切な空間の構造を Spec R に入れる必要があります.
R を関数環とみなすために,なぜ Spec R がこのような定義にするのか,そしてどのような空間の構造を Spec R に入れるべきかを考えていきましょう.
R が R の部分集合 U 上の関数環 C0(U) だった場合, C0(U) を連続関数環とするような空間は U であり, U の位相構造はユークリッド位相に他なりません. U 上の位相構造は関数環 R=C0(U) を使うことによって
です.関数を使って開集合を定義していますが,これによって定義される位相は通常のユークリッド位相に一致するものになっているという意味で自然なものになっています.いいかえると,このような位相構造が R の元を連続にするような最適な位相構造ということになります. D ( f ) は次のように書くこともできます.
抽象論に話を戻します.一般の環 R はふつうの意味での関数環とは限らないので,「 x を零点とする関数」とか「 f ( x ) 」といった記号は意味を持ちません. R を関数環とみなすことのできる空間 Spec R は上述の開集合 U に相当するものです.
C0(U) のときは U の位相構造は { D ( f ) | f ∈ R } を開基とすることによって定まりました.抽象的な場合もこれに則ってみると, Spec R の位相構造は次のように定義されるはずです.
なぜこのような定義が適切なのか,再度 C0(U) と U の場合を考えてみます. C0(U) を関数環とするような U は最初から与えられている対象のため, U は関数環とは無関係に存在していました.しかし抽象的な環から空間を構成するときは,空間の「点」といったものは最初から存在するわけではなく,環から構成する必要があります.
そのために C0(U) の台空間 U の代わりに
という対応により,UとS(U)は集合として同一視することが可能です.
S(U) の元は C0(U) の部分集合になっています. S(U) の位相構造は D(f)={x∈S(U)|f∉x} とすることができます. U が台集合だったときは D(f)={x∈U|f∉{xを零点とする関数}} でしたが,台空間の要素一つ一つを「 x を零点とする関数の集合」とみなすことによって, {x∈S(U)|f∉x} という定義をすることができるようになるのです.つまり抽象的な SpecR の点 p は R の部分集合でしたが,これは C0(U) の場合の「 x を零点とする関数の集合」に対応するものだったわけです.それによって D(f)={p∈SpecR|f∉p} という定義の妥当性が見えてきます.ここまでを少しまとめると
関数環C0(U)ただの環R空間S(U)={{xを零点に持つ関数}⊂C0(U)|x∈U}SpecR={p⊂R|p:Rの素イデアル}開基D(f)={x∈U|f∉x}D(f)={p∈SpecR|f∉p}空間の点xを零点にもつ関数の集合素イデアルp
というように対応しています.
ここまでは単に R を関数環とみなすことのできるような空間 SpecR を定義しただけであり, SpecR の開集合 V の上の関数環はどういった形に なるか? という話はしていません. R が C0(U) のような形の場合は, U の部分開集合 V に対して C0(U) の元 f を V に制限した関数 f|V たちの集合を V 上の関数環として扱えます. C0(V)={f|V:V→R|f∈C0(U)} しかし抽象的に R はふつうの意味での関数ではないので,部分集合に制限するといったことができません.すなわち SpecR の開集合 V 上の関数環は,各 V に対して新たに定めなければいけなくなります.
まずは SpecR の開集合 D(f)={p∈SpecR|f∉p} に対して, D(f) の関数環に相当するものを R の f による局所化 Rf と定義します.このように定義すると実際に Rf を関数環とみなすような空間は SpecRf≅D(f) となることが確かめられます(証明略).この局所化の意味をもう少し考えてみます. Rf は R に f の形式的逆元 1/f を添加したようなものになっています.つまり Rf≅R[1f] です. Rf がなぜ「局所」の名を冠しているのかも含めて, R の連続関数環の場合と比較してみましょう. C0(R) の元 f に対する R の開集合は D(f)={x∈U|f(x)≠0} であり,したがって D(f) 上において関数 f は 0 にならない連続関数になっています.つまり任意の x∈D(f) に対して f(x)≠0 になっています.言い換えるとx∈R∖D(f)ではf(x)=0になっている,つまりこのような点xでは1/f(x)というものは考えることができなくなっています.このことを念頭においておくと D(f) 上の関数環は次のように書くこともできます.
これについて説明します. 1/f という形式的逆元を C0(U) に添加することによって,形式的には C0(U)[1/f] の元は U∖D(f) 上の点 x において関数としての意味をなさなくなっています.なぜなら U∖D(f) 上の点 x において f(x)=0 となっており, g/f という形の関数には意味がなくなるからです.つまり C0(U)[1/f] は C0(U) の中で f(x)=0 となる点 x における関数の挙動を無視したようなものになっています.それは C0(U) の元を D(f) に制限することによって U∖D(f) 上の関数の挙動を無視するというのと実質的には同じことをしているということなのです.結局,抽象的な環 R において, f の形式的逆元を付け加えた R[1/f] という環は D(f) の関数環になっているという解釈が可能になることを示唆しています.
これによって SpecR の開集合 D(f) に対して Rf が関数環として対応する,すなわちイメージ的には D(f) の上に Rf の元が「乗っている」という感じです.いまは SpecR の開集合として開基の一つをとっていましたが,一般の開集合 U∈SpecR に対しても上の関数環を積閉集合 SU⊂R による R の局所化 S−1UR と定義することができます.ここで SU は
これによって SpecR の開集合 D(f) に対して Rf が関数環として対応する,すなわちイメージ的には D(f) の上に Rf の元が「乗っている」という感じです.いまは SpecR の開集合として開基の一つをとっていましたが,一般の開集合 U∈SpecR に対しても上の関数環を積閉集合 SU⊂R による R の局所化 S−1UR と定義することができます.ここで SU は
というように与えられます.先ほどと同じように, C0(U) は C0(R) の元を U に制限することによって得られるものですが, f∈SU の形式的逆元を添加することによって R∖U 上の関数を無視して「制限」を実現しています.これが SpecR の開集合 U 上の関数環が S−1UR で与えられることの妥当性を
示しています.実際 SpecS−1UR≅U になっています.
このように与えられる SpecR の開集合 U の上の関数環を F(U) と書きます.つまり
という自然な写像が存在します(厳密には両方の同値類は別物であることに注意).これが V 上の関数環 U への制限を与えるものになるわけです.抽象的には F(V) から F(U) への準同型を与えています.この準同型はよく ρVU と書かれます.また ρVU(f) のことを f|U と書いたりもします.
このように位相空間 SpecR の各開集合 U に環 S−1UR を対応させる写像 F と開集合の包含関係 U⊂V に対して環の準同型(制限写像) ρVU:F(V)→F(U) が与えられているときに,これらの組 (F,{ρVU}) のことを SpecR に付随する「環の層」とよびます.つまり環の層とは SpecR の各開集合に関数環を抽象化させたものを対応させるものと考えることができます.(「層」にはより一般的な定義があり,その場合制限写像は上のようなものに限るわけではない.)
C0(U) の場合,1点 x∈U の近傍の関数の挙動を表す環として連続関数芽の環
というものがあります.これは x∈C0(U) の近傍の情報,つまり近傍の関数の情報のみから構成されるものです.そこでこの環を局所環と呼ぶことにします.この連続関数芽の環(局所環)には,次のような性質があります
実は非単元の和が非単元になるという性質を満たす環は,環論において「局所環」と呼ばれます.環論における局所環の「局所」の名はこのような経緯からつけられています.これと同様にして抽象的な環 R に対しても SpecR に対する環の層を用いて,点 p∈SpecR に対する芽の環を
と定義することができます.するとこのような Fp は R の p による局所化 Rp に一致していて,これは抽象的な意味での局所環になっています.
このようにして関数環 C0(R) のようなものだけではなく,一般の環 R に対してそれを関数環とみなすことができるような空間が扱えるようになりました.代数的な観点から見ると,多項式の零点として与えられる代数多様体の上の関数を使って多様体の構造を解析しようと思っても,代数多様体上の関数としてユークリッド空間に対応する連続関数を取ってきてしまうと,それは代数多様体に対しては適切な関数にはならなくなっています.言葉を変えるとユークリッド空間における関数環は情報が多すぎて,代数多様体の代数的な情報を埋もれさせてしまい,空間としての情報しか出てこなくなってしまうです.そこで上のような考え方をして,関数環としてまず最初に代数的な情報を持った環 R を与えて,そこから代数多様体 SpecR を復元することによって,代数的な情報を持った空間というものを考えることができるようになります.つまり代数的な情報を得るために空間の理論を使うことができるようになるというわけです.このような発想の流れに代数幾何学という学問はあると考えるのも面白いと思います.
このようにして関数環 C0(R) のようなものだけではなく,一般の環 R に対してそれを関数環とみなすことができるような空間が扱えるようになりました.代数的な観点から見ると,多項式の零点として与えられる代数多様体の上の関数を使って多様体の構造を解析しようと思っても,代数多様体上の関数としてユークリッド空間に対応する連続関数を取ってきてしまうと,それは代数多様体に対しては適切な関数にはならなくなっています.言葉を変えるとユークリッド空間における関数環は情報が多すぎて,代数多様体の代数的な情報を埋もれさせてしまい,空間としての情報しか出てこなくなってしまうです.そこで上のような考え方をして,関数環としてまず最初に代数的な情報を持った環 R を与えて,そこから代数多様体 SpecR を復元することによって,代数的な情報を持った空間というものを考えることができるようになります.つまり代数的な情報を得るために空間の理論を使うことができるようになるというわけです.このような発想の流れに代数幾何学という学問はあると考えるのも面白いと思います.
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